病室102 episode.06
episode.06
ばあちゃんありがとう
容態が悪化し出したのは、父方のばあちゃんが亡くなってから8ヵ月後。僕は6歳になっていた。もともと僕の知らないところで病気だったらしい。日に日に内蔵がやられて、体の中の悪いものを排出できなくなってしまう。だから、体が黄色くなっていく。
まだ子供の僕でも、去年もばあちゃんがいなくなったから、またいなくなるんだ。と、心のどこかでわかっていた。
入院していたが、もう手は尽くした。と聞き、ばあちゃんは自宅で息を引き取ることを選択した。
最後の日。幼稚園から急いで向かうと、母さんの兄弟も、僕のいとこもみんな揃っていた。
その夜。危篤。
みんなばあちゃんに呼びかける。応答はない。また、呼びかける。
「ねぇ!ばあちゃん!」
「ばあちゃん!」
「おきて!」
「おきろよ!」
「がんばれ!!」
「いきて!」
みんなが口々に叫ぶ。
あの口数の少ないじいちゃんも、必死になって、ばあちゃんの名前を叫ぶ。
「まさこおおおおおお!!」
「あああああっ!!」
あのじいちゃんが、涙を流す。
「これからどーしたらいいんだよ!」
「なぁ!のりこ!!」
「行かないでくれぇっ!!」
みんなの叫びも、悲しみも、僕は、怖かった。どーしようもなかった。8ヶ月前の恐怖が。大切な人を失う恐怖が僕を支配していた。
ばあちゃんは最後にうっすら目を開けて、みんなの顔を順番に見ていった。1人1人、ゆっくりと。息を飲んで、みんなと目が合うのをまつ。僕は、目を閉じていた。怖かった。けど、ほんの少し目を開けた時に、ばあちゃんは僕を見つめて、細く微笑んで、一滴の涙と共に命を落とした。
みんながまた呼びかける。もう無駄だと分かっていても。ばあちゃんは、じいちゃんに揺さぶられて布団も髪も、何もかもしわくちゃにされた。ばあちゃんは、人形みたいになってしまった。
じいちゃんの顔は、しわくちゃだった。
しわくちゃで、ぐちゃぐちゃな夜だった。涙も鼻水も分からないような。
そんな中僕は1人泣けず、あの微笑みの意味を子供ながらに考える。
葬式で、僕は制服を着てしっかりと前を向いていた。そのとき、母さんは僕にこういった。
「命あるものはね、必ず誰かの命を貰っているの。ばあちゃんいってたでしょ?あのちっちゃな蚊でさえもって。だからゆう。ばあちゃんが死ぬ時に流した涙。あれはゆうが貰ってね。あの場所で1番ばあちゃんを思ってたのはゆうだから。あの微笑みも。ゆうが貰ってあげて?」
あぁ。そっか。あの涙。僕にくれたんだ。僕だけに流してくれたんだ。今僕の中にいる、大切なあの人は、最後に、僕のために微笑み、涙を流してくれた。
実際、ほんとにそうなのかなんて分からない。
でも、それを理解してしまったまだ6歳の僕にはそれで十分だった。
「うわあああああああああああああああ!!」
それまでギリギリ繋がっていた何かが途切れた。嗚咽をもらす。涙をながす。あの人がくれたものは落とさずに、自分の涙を落とす。
ばあちゃんが亡くなってから初めて流した涙だった。
周りの目も気にせず、泣きわめいた。年長さんなのに、なんて思いもせず。素直に声に出して、でも、嗚咽で言葉にならない声で泣いた。
『おばあちゃん、ありがとう』